あまい誘惑

ヴェインの最期

 

解放軍の援護を受け、アーシェたちはついに空中要塞バハムートへと潜入を果たした。

上空では、解放艦隊が、アーシェたちの成功を信じて必死に戦い続けていた。

バハムートの内部を進む途中、ヴァンたちは解放軍からの攻撃で、要塞に衝撃が当たるのを何度も感じた。

その度に、要塞内は大きく揺れた。

その事態に恐れる事もなく、フランが冷静に状況を読んでいた。

「解放軍は善戦してるわ。私たちもしくじれないわね」

「・・・大丈夫。オレたちが勝って、アーシェは女王様だ」

「女王様かぁ。でもなったらなったで大変そうだな」

ヴァンの言葉を聞き、アーシェが遠い存在になってしまう事を惜しむような口調でパンネロが言った。

バッシュはバルフレアに向かって

「その時は女王様を誘拐して名をあげたい、空賊の出番さ」

バッシュは、アーシェのバルフレアへの思いに気づいていた。

王女に思われ、これからおまえは、どうするつもりなんだい?、と確かめるような言葉だった。

しかし、この時のバルフレアは、死を覚悟していた。

夫を亡くし、いろいろなことに傷を負って来たアーシェが、 たとえ自分が死んでも強く生きていける王女になって

ほしいと、フォーンで彼女に言った事を思いだしていた。

破魔石を捨てる事が出来た強さがあるのなら、これからも強く生きていけるさ。

「・・・・アーシェなら自力で逃げ切ってみせるだろ?」

そう言う思いが、そんな言葉になった。

アーシェはちょっとムっとして、バルフレアの、自分への思いがどこにあるのか試すように言った。

「・・・そこまで強いと思っているの?」

「別に強くなくてもいいさ」

バルフレアに変わって答えたのはヴァンだった。 アーシェはヴァンに注目した。

「一緒に来たし、一緒に行くんだ」

そうして彼の瞳は、別に強くないかもしれないけど、自分が最も信頼するアーシェが女王になった、平和で静かなダ

ルマスカの未来を見ていた。

 

帝国軍の指揮をとるヴェインは、おそらく、バハムートの最上階、発令所にいるだろう。

アーシェ一行はだいたいの推測をつけ、帝国兵からの攻撃をかわしながら、最上部へ移動するリフトを探した。

中央エリア内郭通路から中心部に潜入すると、目の前に中央リフトが見えて来た。

アーシェがリフトのスイッチに近づこうとしたその時、ガブラスが彼らの前に躍り出た。

「・・・生き延びていたのか」

バッシュがやや安堵した口調でそう言った。

「俺はジャッジ・マスターだ。今は野良犬同然だがな。故郷を滅ぼした帝国に、尻尾を振って仕えた報いだ!」

今や、地位も名誉も何もかも失ったガブラスは自暴自棄な口調で答えた。

「やめろ!それ以上自分をおとしめるな!」

「貴様に何がわかる!」

今のガブラスに残るのは、兄バッシュへの恨みしかなかった。

そしてバッシュは、その恨みを受け止めようとしていた。

「なぜだ!ランディスもダルマスカも守れなかった貴様が・・・・

今なお、自分を見失わずにいられるのはなぜだ!」

「俺には守るべき人がいた」

バッシュは静かに答えた。

守るべき者。 その言葉は、今や主君であるアーシェを騎士として守ること、それだけではなく 彼がその時々に応じ

て守ろうとして来た国や民、仲間をも、彼はさして続けて言った。

「・・・・それだけだ。お前がここにいるのも、ラーサーを守りたい一心ではないのか!」

「黙れ!俺は全てを奪われた!故郷を捨てた貴様を許せん!残る思いはそれだけだ! 守りたいものほど守れない!

・・・・違うか!」

バッシュは、ひと呼吸つき、この哀れな弟になんと言えばいいのかしばし考えた。

「お前の問いに答えるのが・・・兄としてのつとめだな」

そうしてバッシュは、ガブラスの剣を受け止めた。

 

ガブラスは、ヴェーネスから受けた傷、リドルアナで受けた爆風、その全てのダメージでもう、体全体がボロボロだ

った。 これまで強敵と戦い騎士としての腕を上げて来た、健康なバッシュに勝てるわけがなかった。

ガブラスは、バッシュが手加減をしている事に気づき、屈辱のあまり床に倒れ込んだ。

「・・・気が済んだか?」

肩で息をしながら、バッシュに言った。

「俺のセリフだ。そうだろ?ノア」

「ノア」はガブラスのファーストネームだった。 ガブラスは母方の姓で、本名はノア・フォン・ローゼンバーグだ

ったが、祖国を失い母の故郷アルケイディスに移住してからは ノア・ガブラスで通して来た。

しかし母を亡くして以来、彼が「ノア」と呼ばれる事はほとんどなかった。 懐かしい響きにガブラスはうずくまり

「その名で呼ばれる資格は、もうない」

と自嘲した。

「生きて、償うんだな」

バッシュの言葉を背にし、ガブラスはよろめきながら中央リフトから姿を消した。

 

ガブラスが去った後、アーシェ一行はリフトを操作し、最上部へ向かった。

到着した発令部にはヴェインと、ラーサーの姿があった。

そんな ラーサーの姿を確認する者がもう1人いた。

ガブラス。

戦いに敗れた後、アーシェたちの後を追って来たのだ。

彼は最後の使命を果たそうとしていた。

守るべき者を守れなかったから。 だからこそ、自分の命をかけて守ろうと、最後の戦いに挑もうとしていた。

「ラーサー様」

ガブラスはラーサーを見つめた。

 

アーシェたちを確認したラーサーは動揺して、兄の顔色を注意深く見つめた。

「わがバハムートへようこそ、アーシェ殿下。

王族にふさわしい出迎えが遅れた非礼を詫びよう」

ヴェインはそう言って、アーシェに一礼した。

「ひとつお尋ねしたい。・・・・あなたは何者だ?亡国の復讐者か?あるいは救国の聖女か?」

「・・・どちらでもないわ。私は私・・・ただ自由でいたいだけ」

アーシェの言葉に、ヴェインは呆れたような表情をした。

ヴェインには、アーシェが君主としての義務を放棄しているようにしか思えなかった。

ソリドールの者としていずれ国を指導するという己の役割を常に自覚して来た彼にとっては、意図はなんであれ、

君主が軽々しく、自由を望むような発言をするのは我慢がならなかったのだ。

「そんな女に国は背負えんな。ダルマスカはあきらめたまえ」

そうして拳を前に突き出した。

「見ておけ、ラーサー。君主たるものとして、力なき身の苦しみを胸に刻め!」

「嫌です!!・・・・僕は・・・・私は!」

そう言ってラーサーはわなわなと恐れおののき、震える手で兄に剣を向けた。

「無力だったとしても、あきらめはしません!」

ラーサーは、ぎゅっと剣を握る手に力を入れた。

「頼もしいな」

ヴェインはふっと笑い、ラーサーを無視して、アーシェたちに斬りかかった。

 

さすがのヴェインも、7人がひとまとまりで攻撃してくるのには耐えられなかった。

やがて、力つきたヴェインは床にどっと倒れ込んだ。

思わずラーサーが駆け寄ったが、その瞬間、閃光がラーサーを襲った。

パンネロが悲鳴を上げた。

ラーサーは気を失い、その場に倒れふしてしまった。

やがてヴァエンの体から濃厚なミストが立ち上った。 と、同時にみるみる体は変化していく。

「人造破魔石・・・・」

恐ろしい変化を目の当たりにしたアーシェが思わず叫んだ。

ヴェインもまた、体内に人造破魔石を埋め込んでいた。

「シド・・・・友が遺してくれた力だ」

ヴェインは辛うじて理性を保ち、ずっと彼らの様子を見守っていたガブラスに気づき、言った。

「・・・・ガブラス。ラーサーを守れ。ここからは地獄に変わる」

ヴェインはなおもラーサーを守ろうとしていた。

ラーサーを襲った閃光も、ヴェインが、この先の戦いから弟を遠ざけようと 人造破魔石の力で放ったものだ。

ここまでの戦いで、ラーサーを無視出来ても、人造破魔石の力を全開にした状態で、自分に手向

かう弟を傷つけずにいられる自信が ヴェインにはなかった。

ガブラスは、そんなヴェインに剣を向けた。

「ラーサー様をお守りする」

「野良犬が。死をもって償え」

「そのつもりだ!」

ガブラスの攻撃を受けた直後、変化したヴェインは剣セフィラをガブラスに放った。

その一撃でガブラスの兜が裂けた。

兜の隙間から、ガブラスの瞳がヴェインを見据えていた。

「・・・野良犬にも意地はあるのだ!」

そう言って襲いかかって来たガブラスを、怒りに燃えたヴェインが吹き飛ばした。

バッシュが、もう、立ち上がる事も出来なくなったガブラスの側に駆け寄った。

バッシュを見つめ、力を振り絞ってガブラスが言った。

「・・・これが・・・・償いだ」

「許さんぞ!ガブラス!」

ヴェインは、セフィラを操りガブラスにとどめを撃とうとした。 が、そのとき・・・・

ピカっと何かが光った。

その瞬間、セフィラの動きが止まった。

一同は驚いて、その閃光の発する場所を見つめた。

人造破魔石を手にしたラーサーが立っていた。

人造破魔石の光に導かれ、セフィーラが次々と石の中に吸い込まれていく。

そして、全てが吸い込まれると、破魔石は跡形もなく消失した。

その様子に呆然としていたヴェインに、ヴァンがガブラスの剣で一撃を加えた。

不意をつかれ、よろめきながら、その場を去ろうとするヴェイン。

ヴァンはとどめを刺そうとヴェインに襲いかかろうとしたが、 ヴェーネスが現れ、行く手を阻んだ。 ヴェインがそ

の場から完全に姿を消すと、ヴェーネスも姿を消し、ヴァンたちは、その後を追った。

ガブラスは、その一部始終を見て、バッシュに微笑んだ。

自分の死をかけて守ろうとした主君ラーサーに、逆に助けられたことに満足をしていた。

「・・・・悪くない主だろ?」

ラーサーの事をそう言って褒め、バッシュの腕の中で静かに目を閉じた。

しかし、ラーサーは兄の変わり果てた姿に、絶望して立てなくなっていた。

そんな彼の肩をパンネロがやさしく叩いた。

 

ヴェインはバハムートの甲板に出ていた。

よろめきながら、隣で見守るヴェーネスに向かって言った。

「ヴェーネス!どうやら私は、覇王になり損ねた。君の願いは別の人間に託してくれ」

そんなヴェインに対し、ヴェーネスは静かな声で答えた。

「とうにかなえられた。繭は砕け、破魔石の歴史は終った。 世界はもはや、不滅なるものを必要としない。君の歩

みを見届ける。共に行こう」

「・・・・新たな歴史を告げよう。シドが待っている」

ヴェインの体の中に、ヴェーネスを象っていたミストが吸収されていく。 吸収されたミストは、彼の体に埋め込ん

だ人造破魔石に力を与えた。

ヴェインはミストの閃光で上空を飛び交う飛空挺を破壊し、その残骸を体の中に取り込み、 挙げ句はバハムートを

渦巻くミストまでも奪い、体中に充満させた。

恐ろしい光景。

人間が、こんな恐ろしい化け物になり得るのだろうか。

ヴェインの体は、もう、ヴェインの原型をとどめていなかった。

機械の破片や、鉄くずで合成された、モンスターでしかない。

その姿を見つけたヴァンたちも、あまりの恐ろしさに思わず後ずさりした。

しかし、このままだと、バハムートの全てのミストを吸収し、さらに手に負えないモンスターになってしまう。

全てはダルマスカのために!

そして平和と自由を取り返すために!

仲間たちは、力を合わせ、ヴェインに立ち向かっていった。

 

ベルガやシドがそうだったように、やがてヴェインもミストを使いすぎて限界に達していた。

ヴァンたちの攻撃が有利に運ぶようになり、ヴェインの力はどんどん弱くなっていった。

最後の絶対防御が切れると、雄叫びを上げ、ヴェインは自ら発したミストの渦に体ごと、吸収されてしまった。

残されたものは、ヴェインが体に取り込んだ機械や、鉄の破片。

ヴェインの原型を確認できるものは何ひとつ残らなかった。

 

戦いは、終った。

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