あまい誘惑

疑念が信頼に変わる時

ウォースラ・ヨーク・アズラス率いるラバナスタの解放軍メンバーは バルハイムから脱出してき

たバッシュの、国王暗殺の真実を信じるかどうかと、論議している最中だった。

そこへ、かつて将軍として彼らの前を走っていた頃のように バッシュが身なりを整えて現れた。

「・・・・やっと、俺の知ってるバッシュになったな」

なかば、皮肉のように聞こえるウォースラの言葉に

「ならばともに闘えるか」 と、バッシュも皮肉まじりに答えた。

解放軍のメンバー達は本人を前にしても尚、 彼の言葉の真意を認めるかどうかと論議を続けた。

「では、レックスも嘘をついていたのか?」 メンバーの一人が、興奮して声を荒げた。

「兄さんが嘘なんかつくかよ!」

騎士団の剣をウォースラに渡すために 解放軍のアジトに入り、ずっと話を聞いていたヴァンが 思わず彼らの論議に

割り込んだ。

ヴァンは物怖じせず、どうどうと彼らの前に進み出た。

それを見たバッシュは、少しだけ優しい声でヴァンの意見に補足した。

「・・・そうだ。レックスは目撃者に仕立てられたのだ。私が陛下を暗殺したと見せかける 帝国の陰謀だ」

そう言って、ヴァンを見つめて、さらに声音を和らげた。

「・・・よくよく縁があるな」

ヴァンはバッシュの優しいまなざしに戸惑い、言葉を失った。

ウォースラが続けた。

「レックスの弟か」

ウォースラは、ヴァンにレックスの面影があったので、すぐに彼がレックスの弟であることに気づいたのだ。

しかし、冷たい仕草でヴァンが手にしている騎士団の剣をひったくり、バッシュに言った。

「・・・こんな子供なら、信じるかもしれんが、お前の話にはなんの証拠もない。ともに動くわけにはいかん」

「アマリアは救うべき人ではないのか?」

バッシュが言った。

・・・・アマリア。

ガラムサイズでのヴァンの記憶が鮮明に蘇った。

ヴァンが今まで出会ったことがないくらい 刺すようにキツく、張り裂けるくらい悲しそうな表情をしていた、

あの女性のことだ。

バッシュの言葉に、ウォースラは動揺を隠しきれない様子だった。

ウォースラの表情を見て、バッシュの中である確信が生まれたようだった。

「・・・オンドール同様、おまえも帝国の犬かもしれん」

動揺しながら、ウォースラが言った。

「ならばどうする。俺を拘束するのか」

怖じ気づきもせずはっきりと言葉を返して来るバッシュを、 ウォースラは睨みつけた。

二人の視線が激しくぶつかり合い 緊張した沈黙が周囲に漂った。

やがて、観念したようにウォースラがバッシュに騎士団の剣を放り投げた。

バッシュはしっかりとその剣を受け取り

「お前はかわらんな、ウォースラ」

バッシュの言葉に負け惜しみを言うように

「忘れるな、バッシュ。ダルマスカ全土には解放軍の目が光っている。 お前はカゴの鳥も同然だ」

と、ウォースラ。

「かまわん、それならもう慣れた」

バッシュはそう答えて、ヴァンとともにアジトを去った。

 

もの言わぬバッシュの後ろ姿を追いながら ヴァンはあることが気になって、

思わず話しかけずにはいられなくなった。

「アマリア・・・・あいつも解放軍だったんだな」

半ば、ぎくりとしたような表情をしてバッシュは振り返った。

「・・・会ったんだな」

「ナルビナ送りの前に、少しだけ」

「・・・きみは私の道に幾度となくからむ。奇縁だな」 苦笑してバッシュ。

「迷惑だよ」

少年らしい、反抗的な口調で言うヴァンを バッシュは温かな目で見つめた。

「すまんな。迷惑ついでだ。バルフレアに会わせてくれ」

 

バッシュは、ラバナスタを出ようと思っていた。

そのために、人目につく飛空挺定期便を使うわけにはいかなかった。 今、彼に必要なのは、彼の存在を隠しながら

行動することが出来る「足」だった。

「・・・・これで貸し借りはなしだからな」

反抗的な態度を見せながらも、照れくさそうに言うヴァンにバッシュは質問した。

「借り?」

「ナルビナ。あんたがいなきゃ無理だった」

 

ヴァンの心は、 かつての仲間に罵るられながらも、 真実を伝えようとするバッシュの熱意に完全に敗北していた。

物静かなのに、強くて、それを少しもひけらかさず 確実に敵を倒していくその手腕と精神に、

本当の強さを感ぜずにはいられなかった。

兄レックスがバッシュについていった理由がわかるような気がするのだ。

今や、バッシュはナルビナの独房にいた頃のような貧相なイメージは全くなく、 ひたむきに国を守ろうとしている

一人の騎士にしか見えなかった。

自分の後ろ姿をじっと見つめているヴァンの視線に気づき バッシュは思わず振り返った。

先ほどまで、ひどく反抗的だった少年が 今は何かを求めるかのようにバッシュを見つめていた。

バッシュはヴァンの視線が、自分から、その周りにいる子供達に向けられるのを確認した。

バッシュも、ヴァンの視線の先に目を移した。

今まで気づかなかったが、ラバナスタには小さな子供が路上に溢れている。 みんな、痩せて、貧しい身なりをし、

でも、とても明るかった。

彼らを見つめながらヴァンはつぶやくように話を始めた。

「・・・・みんな戦争で親を亡くしたんだ。うちの親は、その前にいなかったけど・・。流行り病でさ」

「・・・すまんな、思い出させて」

「別にいいよ。もう5年だしな。それからはパンネロの家族が面倒を見てくれたんだ。でも・・・・戦争で、みんな

死んだ」

「すまなかった」

「何度も謝るなって」

ヴァンは笑いながら言葉を続けた。

「オレだってガキじゃないんだから、もうわかってる。兄さんのことはあんたのせいじゃない。悪いのは帝国だ。

あんたを信じた兄さんは間違ってなかったんだ」