あまい誘惑

神々との契約

 

幻妖の森の濃密なミストは、一行の視界を遮った。

どこをどう歩いているのかも見当がつかず、 唯一の道標は幻妖の祠から見える森の幻だった。

祠に立ち、森の幻を辿りながら、重苦しいまでの空気にフランは息を上げ、パンネロを心配させた。

やがて彼らの前に、大きな門が現れた。

思えば、レイスウォールに神授の破魔石「暁の断片」の守り神として選ばれた魔人ベリアス。

ギルヴェガンへの扉を開ける権利が、そのベリアスにのみ許されている事に一同は納得した。

ベリアスが門に触れると扉が開き、その先に古代都市ギルヴェガンがあった。

 

静かな湖が目の前に広がった。

まるで時が止まっているかのように、さざ波ひとつ立たない。

「・・・似ているわ。あの影の気配に・・・」

フランが、ミュリンやベルガ、シドから感じた「ナゾの影」の雰囲気をそう伝えた。

「ヴェーネスか・・・・」

バルフレアは、シドの到着が遅い事に苛立ちながらも、 フランの「影」という見解を、そう、解釈していた。

 

空気はひんやりと冷え、幻妖の森以上に空気が重かった。

果たして、ここからどこへ進むのだろう。

シドは、いつ、現れるのだろう? いつまでここに・・・?

一行が立ち往生していると、アーシェが突然、何かに導かれるように歩き出した。

「何かいるのか?」

バルフレアの問いかけにも気づかずに、アーシェが操られるように奥へ進んでいく。

アーシェの前に、夫ラスラが立っていたのだ。

ラスラの幻影は、まるでギルヴェガン内部への水先案内人のように、アーシェを古代都市の内部へと誘導した。

仲間達が、そんなアーシェの足取りを奇怪に思う中、 ヴァンにはもう見えなかったが、多分、そこに「あの人」が

いるのだろうと、察知していた。

そして「あの人」に導かれているのであろう事も。

 

ラスラの幻影に導かれるまま、一行はギルヴェがンの最新部へ入っていった。

クリスタルの壁に怪しく光る古代都市の天上を見上げ、パンネロが不安そうにヴァンの腕を掴んだ。

「私たち、来ては行けないところに来てしまったような気がする」

「うん」

ヴァンはそう頷き、パンネロの手をぎゅっと握った。

「おもしろいよな」

パンネロは驚いてヴァンの顔を覗き込んだ。

「不安はないのか?このまま進めば、破魔石を想像した存在と出くわすかもしれん」

「少しは不安だけど、どんな奴か楽しみだよ」

バッシュの問いかけに明るく答えたヴァンは、パンネロと手をつないだまま、先へ進んでいってしまった。

その様子を見てバッシュは

「君は良い空賊になるだろうな」

と、頼もしいヴァンを微笑ましく見守った。

 

道は行き止まりになった。

転移装置を使い、一緒にワープしたはずの一行だったが、アージェだけが、違う場所に転送されてしまったようだ。

眩しいくらい白くて、大きな円卓がアーシェの目の前に現れた。

円卓には、無数の台座が備えられている。

アーシェは驚いて、仲間の名を呼んだ。

しかし、仲間からの返事はなかった。

彼女は恐れおののき、呆然と立ち尽くしていると、どこからか、低い声が聞こえて来た。

「恐れるな、ダルマスカの王女よ。我らオキューリアはそなたのみを選んだ」

アーシェは声が聞こえて来る方向に振り返った。

ミストがざわめいていた。

最初は揺らめく影のようだったが、やがて、オキューリアの族長、ゲルン王が彼女の前に姿を現した。

オキューリア族とは、イヴァリースでは太古から「神」とあがめられて来た。 しかし、彼らもヒュム同様、イヴァ

リースに生息する種族のひとつにすぎない。

創世記からの歴史がある彼らは、既に何万年も生きており、不滅に等しい存在、 そう、イヴァリースの世にとって

「不滅なるもの」が彼らなのだ。

短い人生を全うし、死して行くヒュムにとっては別格の存在で、やがて自分たちの代行者を他種族から選んで 破魔

石を使わせて来た。

その経緯については、かつてガリフの地でウバル=カが伝えて通りだ。

よってオキューリアは、まるで神のように人間の歴史を動かして来た。

ゲルン王は、もう一度アーシェの名前を呼んだ。

「力を求めるそなたの心、我らが聖なる力へ導く。絶海の塔に眠る『天陽の繭」を求めよ」

天陽の繭・・・?

アーシェは心の中で呟いた。

「天陽の繭は全ての破魔石の母、力の源。覇王の遺産など、繭から切り取られた欠片にすぎん」

「あれほどの力が?!」

アーシェは驚嘆した。

「往古、我らはイヴァリースを救うべく、レイスウォールを選んで剣を授けた。 王は剣で繭を刻み、3つの破魔石

を得て覇王となった。 その血を継ぐ者よ。父祖と同じ道を歩め」

「覇王の剣は、そのために・・・」

ゲルン王から聞かされた真実に、アーシェはさらに驚嘆していた。

「レイスウォールとの古き契約は、とうに力を失った」

ゲルン王はこう言いたかった。

破魔石を入手するには天陽の繭の封印を解かなければならない。 封印を解き、はじめて石を刻めるのだが、これは

神なる存在,オキューリアから選ばれし者のみが 己の契約の際に授かった剣を用いて、初めて実行可能。

つまり、オキューリアと直接契約していないアーシェが、他人(レイスウォール王)に授けられた剣を用いても破魔

石は得られない、ということなのだ。

今や、レイスウォールはこの世に存在しておらず、今、アーシェが所持している契約の剣は 持ち主をなくし、力を

失っている剣にすぎない。

「そなたとは新しい契約を結ぼう」

ゲルン王がそう言うと、アーシェの前に剣が現れた。

「我らオキューリアの代行者たる証に、新たな剣を授ける。『天陽の繭』を切り取って 破魔石を掴むのだ。覇王と

同じ力を手にし、ヴェーネスを討て」

「・・・ヴェーネス・・・・あなた方と同じ、オキューリアですね」

「異端者だ!!」

アーシェがそう言ったとたん、ゲルン王の激しい怒りのミストが辺りに嵐のように立ちこめた。

その怒りのミストにアーシェは圧倒されそうになったが、やがてそれぞれの台座にオキューリア達が姿を現した。

「破魔石は我らに選ばれし者のみが手にすべき力。

だがヴェーネスは人間に破魔石の秘密を教え、まがいものを作らせている! 偽りの破魔石を掲げる者どもを許して

はならぬ。我らが授ける真の破魔石をもって、滅亡の罰を!」

「滅亡?」

そう問いかけたアーシェの前に、ラスラの幻影が現れた。

アーシェはラスラに向かってもう一度問いかけた。

「帝国を滅ぼせと?」

ラスラは、大きく首を縦に振って、肯定の意を示した。

戸惑うアーシェに向かって、ゲルン王はなおも続けた。

「人の子は、常に歴史を狂わせる。短すぎる人生に焦り、くだらぬ欲望にかられ、あやまちを重ねつつ滅びへとひた

走るばかりよ。 我ら不滅のオキューリアが無知なる人の子を導き、時には罰を下してこなければ・・・ イヴァリー

スはとうに滅びて来た。我ら、不滅なるものには、正しき歴史を定める義務がある。我らに選ばれし者には、正き歴史に逆らうものに、罰を下す義務がある。

王女よ。そなたは選ばれたのだ。国を奪った者どもに復讐を遂げ、救国の聖女となれ」

ラスラの幻は、アーシェに剣の柄を握るように促した。 アーシェは、剣に手を伸ばした。

「選ばれし者の義務を果たせ」

アーシェの脳裏にゲルン王の声が低く響いた後、彼女はやっと仲間のいる場所へ戻された。

 

アーシェは、まだ、意識だけがどこかに飛ばされたままだった。

しかし、ゲルン王の声は仲間達には届いていたのだ。

ヴァンは、戻ってきたアーシェに興奮して話しかけた。

「アーシェ!なんなんだよ、オキューリアって、わけのわかんない命令ばっかでさ!」

「言われた通り、復讐するの?」

フランが、そう訪ねて、「復讐」という言葉に敏感に反応したアーシェは

ようやく意識も 仲間の元へ戻ることができ、え?、とフランの顔を見つめた。

訳のわからぬ様子のアーシェにバッシュは状況を説明しはじめた。

「我々にも、声だけは届いておりました。彼らは神にも等しい存在かもしれませんが・・・

殿下、私は反対です。帝国と言えども、滅ぼすなど・・・・」

バッシュの言葉に、アーシェは目を反らした。

「あの・・・」

先ほどから、ずっと気になっていたのか、パンネロが恐る恐る、話しはじめた。

「ドクター・シドはどうなったんでしょう?ここに来るって言ってたのに」

「たしかに遅すぎるな」

「ああ」

バッシュの言葉に納得するようにバルフレアが頷き

「気づくのが、遅すぎた。奴は来ない。オレたちは引っかかったんだ」

そう言って、目を伏せるアーシェに向き直った。

「ドラクロアを思いだせ。アーシェに石を手に入れさせたい、そんな口調だったろ。 だから、破魔石を見せびらか

し、ギルヴェガンの話でオレたちを呼び寄せて・・・ アーシェとオキューリアが会うように仕向けた」

「でも、私たちが破魔石を手に入れたら、帝国の邪魔になりますよね」

パンネロが率直な疑問をバルフレアに投げかけた。

「破魔石同士がぶつかるのを見たいんじゃないのか?アイツの考えそうな事だ」

苛立った様子のバルフレアに対して言ったのか、仲間に言ったのかはわからない。

しかし、アーシェはきっと顔を上げ

「『天陽の繭』を探すわ」

と、歩き出した。

アーシェが何を考えているのか、バルフレアにはわからなかった。

しかし、シドのように、彼女の心も石に奪われてしまう事を恐れていた彼は、 わざと彼女に聞こえるように大きな

声で言った。

「歴史は人間が築くもの・・・あいつの持論だ。

オキューリアの石で動く歴史なんて、あいつには我慢できないはずだ」

そうしてバルフレアは、現れなかった父を思った。

「あいつ、ずっとヴェーネスと話してたんだな。 おかしくなったんじゃ、なかったんだ」

アーシェには、バルフレアの言葉が全て聞こえていた。

「『天陽の繭』は絶海の塔に眠るというが、心当たりは?」

アーシェが「天陽の繭を探す」と言ったので、バッシュは、なんでも知っていそうなフランに訪ねてみた。

しかし、彼女にも見当がつかぬようだ。

「レダスに聞いてみようよ。あいつ、他の線とかなんとか言ってたぞ」

「奴に借りを作るのはどうもな」

ヴァンの提案に、気の進まない様子でバルフレアは答えた。

「何こだわってんだ?空賊同士、仲良くしろよ」

無論、ヴァンには、バルフレアがシドとレダスの関係を疑って、協力の要請に躊躇している事など気づく術もなかっ

た。 ヴァンにとっては、単にバルフレアがレダスに対し、意固地になってるとしか思えなかったのだ。

嫌味ない彼の言葉に、バルフレアのわだかまりが少し軽くなった。

しかし、バルフレア風の言い回しで

「お説教とは偉くなったもんだな、ええ?」

と、ヴァンの成長ぶりをからかった。

 

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