あまい誘惑

旧市街地にて

フォーン海岸を抜けると、さらに広大なツィッタ大草原が続いた。

バルフレアやフランが言う通り、帝国の警備はだいぶゆるくなったが、 それでもバルフレアは最善の方法をとり、

人目につかないソーヘン地下宮殿を通っていこうと、提案した。

 

ツィッタの果てにあるソーヘン地下宮殿へ下りる辛気くさい地下道の雰囲気に、ヴァンは思わず こんなところが帝

都に続いているのかと疑った。

バルフレアは、何かとこの辺の地理には詳しいようで、 帝都に続いていそうもない道だから選んだのだと、

自信満々に言った。

なるほど。

地下宮殿は長い事人の足が入っていなかったのであろう。 すでに白骨化した死体が、あちこちに散らばっていた。

また、彼らの前に現れる魔物の数々は今までにない強さだった。

へっぴり腰の帝国兵がとうてい敵う相手ではない事がわかる。

キリのない魔物の大群をかわしながら、ヴァンは、この先にアルケイディスがある事を祈った。

 

しばらく歩くと、狭い地下通路の先に、仄くらい明かりの気配を感じた。

フランが、注意深く外の気配を感じとる。

その様子を見て、ヴァンはもう、出口が近い事を察した。

目の前に現れた、古びた管制台を調べると、彼らの前に浮遊台が下りて来た。

その浮遊台に足を進めると、自動的に上へ移動を始めた。

その空気の流れが、外から来るそれであることはヴァンにもわかった。

彼は、浮遊台が到着した先にあった古い扉を開け、まぶしい太陽の光を体いっぱいに浴びた。

 

一行が足を踏み入れたその場所は、薄汚れた民家が建ち並び、 貧しい身なりをした人々が、うつろな表情で道を歩

いていた。

あまりラバナスタのダウンタウンと変わらない。否、ダウンタウン以下の貧しさかもしれない、ヴァンはそう思い、

「帝都ってわりには、貧乏くさいんだな」

と思わず口にしてしまった。

「・・・・これも帝都の現実さ。ここら旧市街は市民権がなくて都市部に住めない「外民」のたまり場でな。

”上”から転げ落ちてきた奴と、どうにか這い上がりたい奴の街さ」

「上」というのは都市部にある「新市街区域」のことを指した。

古い平屋建ての民家が連なる旧市街地とは対照的に近代的な高層ビルが建ち並ぶ区域であり、 帝都アルケイディス

というと、通常、人々は「上」と言う言い方をして、旧市街地と区別した。

帝国には「政民」「新民」「外民」の3つの区分があるが、外民だけは市民権がなく、都市部での居住を許されてい

なかった。今やアルケイディスの領土となった旧ラバナスタ国民であるヴァン達であったが、ここでは「外民」の分

類となった。

よって、彼らに都市部へ入れる権利はないのだとバルフレアは説明した。

バルフレアの答えにヴァンは、ふうん、と呟くと

「『上』ってのは、もっと綺麗なのか?」

「ああ。別の意味で汚いがな・・・行くぞ。ドラクロアは『上』の区画だ」

バルフレアはそう言って、一行の足を進めたが、やはり、帝国兵はここでも警備を固めていた。

 

一行が先に進む手段を失い、立ち往生していると、背後から見知らぬ男が近づいて来た。

「いやいや、なんともお懐かしい方がいらっしゃるじゃないの。まさか、またお目にかかれるとはねぇ」

わざとらしい口調で話しかけて来た男に気づいたバルフレアが、露骨に迷惑そうな顔を見せた。

「そう渋い顔しなさんな、旦那。せっかくの男前が台無しよ?」

反吐が出そうなほどの嫌らしい口調の男と、苦虫を踏みつぶしたような顔をするバルフレアを見比べながら

ヴァンは率直に、

「知り合いか・・・?」

とバルフレアに疑問を投げかけた。

「・・・・古いなじみさ。ジュールってケチな情報屋だ」

バルフレアの「ケチな情報屋」という言葉にジュールは特に否定する様子もなく

「そのケチな情報屋が役に立つときもあるんだよねぇ、これが。 例えば・・・『上』に行きたい時とかね」

と言い、素直に興味を示すヴァンに

「アルケイディスでは”情報”こそ力なのよ。情報さえあれば、たいていの無理は通るねぇ。 だから、情報が商売

になるわけ。 教えてほしかったら、それなりに、ねぇ?」

そう答えて、1500ギルを求めて来た。

渋い顔をするバルフレアをよそに、ヴァンは「上」に行くためならと、喜んでジュールに1500ギル渡した。

そして彼のアドバイス通り、旧市街地で得た情報を利用して路上で喧嘩騒ぎを起こさせ、 帝都の入口にいた帝国兵

達を喧嘩の現場に向かわせる事が出来た。

帝国兵がいなくなったのを確認すると 「今なら通れそうだな」 とヴァンは満足そうな顔をして、

側にいたジュールに向かい

「助かったよ!ジュール」

と嬉しそうに帝都へ走っていった。

その後を追いながら、バルフレアは涼しい顔をしているジュールに

「あんなはした金で、お前が動くとはな・・・」

と嫌味のような口調で言った。

「いいネタ仕入れさせてもらったお礼さ。 なんせ、あのブナンザ家の御曹司が帝都に里帰りだ。

これ以上の”情報”はないだろ?」

そう答えたジュールは満足そうにバルフレアを見つめた。

そう。 バルフレアの本名は、ファムラン・ミド・ブナンザ。

ドクター・シドの三男坊として、父親譲りの才能を何かと注目されていたバルフレアが 父親との縁を断絶して、帝

都を去り、数年が経っている。

バルフレアと名前を変え、空賊になった後の消息を知る者は、少なくとも帝都にはいなかった。

そのバルフレアが、こうして自ら生まれ故郷の帝都に戻ってきたのだ。

情報屋にとっては、またとないスクープなのだ。

「・・・フン」

吐き捨てるようにそう言って、バルフレアはジュールの前を去っていった。

▲PageTop