あまい誘惑

過去を断ち切れば自由

 

アルケイディスまでの道筋には、ロザリアからの侵攻に備え、帝国軍が守りを固めている。

むろん、海にも山にも包囲網が張り巡らされているだろう。

バルフレアは、空賊らしくもないが、歩きで帝国まで行く事を決意していた。

ナルビナを通って北上し、モスフォーラスからサリカ樹林に抜ける。

その先にあるフォーン海岸は帝国の領土となる。

そこまで行けば軍の警戒もゆるくなるであろう事を、彼は予想していた。

 

長く過酷な徒歩の旅路となった。

アーシェは前を行く仲間達の姿を見つめながら、考え込む事が多くなった。

自分は本当に破魔石の破壊を求めているのだろうか?

それとも本当に求めているものは復讐?

なんのための?

アーシェは狂おしいほどに夫ラスラの幻影に悩まされた。

彼女にとって、夫がこの世を去ったのは2年前。

ラスラはアーシェが子供のときからの許嫁だった。

彼と初めて会った時、アーシェは随分と安堵したものだった。

ラスラは、アーシェが想像していた以上の正しい心の持ち主だったからだ。

政略結婚、という、愛のない結婚をしなければいけない相手、アーシェに対し ラスラは精一杯、

誠実に振る舞おうとした。

アーシェが望まなければ、ラスラは彼女に触れようともしなかった。 それくらい、アーシェを大切に思い、2人の

関係を確実に育てようとしていた。

そんな彼が、果たして復讐を望むだろうか?

アーシェは自分が、ただ力を求め、夫への復讐を口実に破魔石の力に飢えているだけなのでは、

と自分を責める事が多くなった。

連日の徒歩の疲れもあってか、アーシェの表情は日に日に険しくなっていった。

 

何日も徒歩が続き、サリカ樹林を抜けると、彼らの目の前に美しい海岸が開けた。

帝国の領土、フォーン海岸に到着したのだ。

アーシェは額の汗を拭い、美しい海に感動する心の余裕もなく、空を飛ぶ帝国の防空隊に神経質になっていた。

まだ、気は抜けなかった。

しかし、ヴァンとパンネロは開放的な美しい浜辺に大喜びで、帝国の目など気にもせず、

無邪気に海岸へ走っていった。

一行はそんな2人の無邪気さに心和んでいたが、アーシェだけは、憂鬱そうな顔をしていた。

 

ブルオミシェイスを出てから、ろくな宿をとらず、野宿する事も多かった。

アーシェは食欲もなく、歩く時にふらつく事も多くなった。

それでも帝国につくまで、倒れるているヒマはない。

砂浜に照りつける太陽の光にかすかな目眩を感じながらも アーシェは、先に進もうとして、すっと、ヒザの力が抜

け、よろけそうになった。

そのとき、そんな彼女の手が、そっと握られ、よろけた体が抱きとめられたような気がして、

びっくりして、手を握って来た相手を見た。

そこに、バルフレアが立っていた。

しばし戸惑い、アーシェは逃げるようにして、その場を去ろうとした。

「・・・・なんで帝都に行く?」

そんなアーシェを呼び止めるようにしてバルフレアは言った。

「それは・・・・。破魔石を封じに・・・」

「奪い返しに、じゃないのか」

口ごもるアーシェに対し、バルフレアははっきりとした口調で訪ねた。

「石の力でダルマスカ再興・・・・そうなんだろ?」

アーシェは、この道筋に自分が思い悩んで来た、自分の心の闇をバルフレアが見透かしていた事を初めて知った。

そして、言葉が返せず、ただうつむく事しか出来なかった。

「気持ちはわかるが、どいつもこいつも・・・」

ため息まじりにバルフレアが言った。 そんな彼に対し、アーシェは重い口を開いた。

「・・・私が力に飢えている、破魔石に取り憑かれている、そんなふうに見えますか?」

「そう言う奴を1人知っている。破魔石に夢中になって、他には何も見えなくなって・・・・」

バルフレアはそう言って、寂しそうに海を見つめた。

「始終わけのわからん独り言ばかりでな。エーデスだったか、ヴェーネスだったか・・・・

・・・まぁ、いいが。

とにかくそいつはすべてを破魔石のために踏み台にした。 飛空挺やら、兵器やらを開発したり、

オレを無理矢理ジャッジにしたり・・・」

「あなたが、ジャッジ?!」

バルフレアの後ろ姿を見つめながら、アーシェは心底驚いたように言った。

「秘められた苦い過去ってやつだな」

アーシェの驚愕に、バルフレアは苦笑いをして、言葉を続けた。

「・・・すぐ逃げたよ。ジャッジの義務からも、そいつからも・・・・。

シドルファム・デム・ブナンザ・・・・ドラクロア研究所、ドクター・シド。

破魔石に心を奪われて、あいつはあいつじゃなくなった・・・オレの父親でもなくなった。

・・・おまえは、あんなふうになるな」

そう言って、バルフレアは動揺を隠せぬ表情のアーシェをまっすぐに見つめた。

いつも側にいたバルフレアだったが、こんなにも近くで、2人だけで見つめあった事は初めてだった。

アーシェは自分の心が熱く、感情が高まっていくのを感じ、慌てて、目を反らそうとした。

しかし、バルフレアは、ずっと言いたかった事を、彼女に言おうとしていた。

彼女の瞳をもう一度見つめ、彼女の心の奥底に入り込もうとしていた。

アーシェは抵抗する事が出来ず、深いヘーゼルグリーンの瞳から、もう、逃れる事は出来なかった。

「・・・・オレは逃げちまった。石にとらわれたアイツを見てられなくて・・・

逃げて、自由になったと思い込んでいた。

なのに、破魔石と知らず『黄昏の破片』に手を出して あんたに会って、ここにいる。

結局、逃げられやしなかったんだ」

アーシェは、もう、バルフレアから目を反らさなかった。

その瞳を受け止めるように、彼はまるでアーシェに訴えるような口調で続けた。

「・・・だから終らせる。過去に縛られるのはもういい」

「・・・・過去を断ち切れば、自由・・・・」

アーシェはそう言って、改めて、ラスラとの過去を振り返った。

ラスラはやさしかった。 憎しみのために復讐など、出来る人ではなかった。

アーシェは、婚約してから数日後、それまで決してアーシェに触れようとしなかった不器用なラスラの手を、自分か

ら握った事を思いだした。

そうして、胸が熱くなった。

アーシェは、ラスラの心の美しさを信じていたのだ。

だから、全てを守ろうと思った。

「あんたの心、石になんかくれてやるなよ」

バルフレアの言葉で、アーシェはラスラとの幸福な思い出から呼び覚まされた。

ラスラは、もう、いない・・・・

そうして、彼女は、静かにバルフレアを見つめた。

その瞳を見て、バルフレアは笑った。

やっと、気の強いお姫様の表情に戻ったな・・・と。

「・・・王女様はお強いんだ」

バルフレアなりの、アーシェへのエールだった。

「・・・・そうありたいと願うわ」

そう答えて、顔を上げ、初めてフォーン海岸の美しい景色に心を打たれた。

少し、心が軽くなっていたからなのかもしれない。

心地よい潮風を感じながら、バルフレアとともに、いつまでも押し寄ては引いて行く波を見つめていた。