あまい誘惑

バッシュの信念

 

アルケイディスではジャッジ・マスターたちの間で、ヴェインが元老院たちに失脚を迫られていることが大きな話題

となっていた。

ジャッジ・ベルガはヴェインの軍事的才能を大変高く評価していたので、彼の失脚はあり得ない事を各ジャッジに力

説していた。しかし、ヴェインのやり方に反感を得ているジャッジも多く、ドレイスもその中の1人だった。

ヴェインを評価し続けるベルガに対し、ドレイスは、かつてヴェインを高く評価し、それによってナブディスの壊滅

を引き起こし、消息不明になってしまったジャッジ・ゼクトを例に出してベルガに注意を促していた。

ドレイスの警告にベルガは耳も傾けなかった。

ドレイスは、かつてヴェインが自分の実の兄を切れるほどの非情な人物である事に懸念を抱いていたのだ。

ベルガは、そんなドレイスに対し、たとえ実の兄であろうと帝国に反逆する者は討たれて当然、ヴェインは自らの役

割を果たしたにすぎない、とドレイスに反論した。

 

ヴェインが実の兄を殺した事。

この出来事はジャッジたちの間でも意見が賛否両道であった。

11年前、実の兄2人を斬ったヴェイン。

皇帝グラミスは、この事件の事をジャッジ・マスターなどごく一部の人間にだけしか伝えておら

ず、その理由も「長男と次男が帝国に対し反逆をもくろんだので、ヴェインに処分させた」と言った感じだったが、

公には兄2人は「戦死」したと公表されていた。

グラミスからヴェインが兄を殺した事実を聞かされていたジャッジの1人、ドレイスは、これについて、三男である

ヴェインが帝位を狙って兄たちを排除したと考えていた。

彼女はそれほどの非常さをヴェインに対し感じていて、徐々に反感を募らせていったのだ。

ザルガバースはそんなドレイスに対し、兄たちの処分はあくまでも皇帝グラミスの判断で行われた事であり、ヴェイ

ンの意志ではなかった事を説明し、口を慎むように注意した。

そこにガブラスが現れ、ヴェインがアルケイディスに到着した事を報告した。

ザルガバースは、ガブラスとドレイスを後にして、ベルガの後に続き去っていった。

 

その後ろ姿を見送ったドレイスは耳打ちするようにガブラスに言った。

「ラーサー様はブルオミシェイスに向かわれた。大僧正に働きかけて、反乱軍の動きを封じるおつもりだ」

そうはいってもオンドールがおめおめと引き下がるようには思えんな、とドレイスは続けた。

「いずれにしても、反乱軍の行動が多少なりとも鈍れはよい。これでロザリアの侵攻も遅れ・・・

我が国が、備えを固める時間が稼げる」

ガブラスはドレイスに対し、全てがグラミス皇帝の狙い通りであると意見した。

ドレイスは、幼いラーサーの成長ぶりを評価する一方、元老院たちがヴェインを失脚させ、幼いラーサーを皇帝につ

かせようとしている本当の意図・・・世間知らずのラーサーを自分たちの人形にして思いのまま操る事を企んでいる意図を察していたので、もしもラーサーが元老院たちの意のままにならなかった時に、ラーサーがどうなってしまう

のか、懸念を抱いてもいた。

ドレイスの懸念に対し、グラミスにラーサーの護衛を任されているガブラスも元老院たちの動きには敏感だった。

ドレイスはそんなガブラスに対し、元老院の意のままにさせぬためにも、2人でラーサーを守り抜く事を誓った。

 

その頃、オズモーネではラーサーを仲間に入れたアーシェ一行たちがブルオミシェイスに向けて進路をとっていた。

アーシェはヴァンたちと無邪気にふざけあう幼いラーサーを見つめながら、1人、心悩んでいる様子だった。

バッシュはそんなアーシェの気持ちをよくわかっていた。

君主の家来として誰よりも注意深く主の様子を気にしてきたバッシュは、かつてリヴァイアサンからアーシェを救出

する時、アーシェが「屈辱よりも死」を望んでいた事をよく記憶していた。

バッシュはそんなアーシェに国王としての真の務めとはなんたるかを思いだしてほしいと思っていた。

19年前、彼は生まれ育ったランディスを、騎士として守りきれず故郷を去り、2年前にはダルマスカをも守れずに

滅亡させてしまった。

それゆえ彼は、だからこそ今は人々の命を守りたいと願い、

「だからこそあがくのだ」

亡きウォースラに向かって言った言葉を繰り返し思いだしていた。

なおも思い悩むアーシェに向かってバッシュは言葉をかけた。

「ダルマスカと帝国の友好・・・・ですか・・・・」

「頭ではわかっているのよ。今のところ大戦を防げる唯一の手段だわ。でも私に力があれば、そんな屈辱!」

アーシェは吐き捨てるようにして答えた。

そんなアーシェをなだめるような穏やかな口調でバッシュは続けた。

「我々にとっては屈辱でしょう。しかし民は救われます」

「あなたは受け入れられるの?!」

アーシェは激しくバッシュに反論した。

「・・・・私はヴェインに利用されて名誉を失いましたが・・・」

そう言ってバッシュは、前を行くラーサーに目を移した。

「人々を戦乱から守れるのであれば、どのような恥であろうと、甘んじて背負います。

国を守れなかった、その恥に比べれば・・・・」

「・・・みんな帝国を憎んでいるわ。受け入れるはずがない」

アーシェはそう言ってみて、ハタと立ち止まった。 バッシュは立ち止まったアーシェの横顔をそっと覗き込んだ。

帝国を憎む・・・・たしかに民は憎んでいるだろう。

しかしそれは、身内を殺された恨みやプライドを優先するために、民の憎悪を口実にしているようにも聞こえた。

バッシュはそんなアーシェの心をよくわかっていた。

「・・・・希望はありますよ」

そう言って、再び瞳をラーサーに移した。

ラーサーは楽しそうにヴァンとふざけあっていた。 その姿は、単に無邪気な子供が他愛ない会話をして楽しんでい

るようにしか見えなかった。

バッシュはまだあどけないが、皇帝としてのラーサーの器もよく観察していたのだった。

「・・・・あのように、手を取り合う未来もありえましょう」

そうして、彼はダルマスカの未来は必ずあるのだと、その未来を守るのが国王であり、自分のような騎士なのだと、

そういった自分の信念を決して曲げようとはしなかった。

オズモーネの心地よい風を感じながら、そんなバッシュの横顔をアーシェはいつまでも見つめていた。